Axon guidance: Repulsion の一考察

Axon (神経軸索) の誘導は、神経回路を構築していく上で重要な細胞へのシグナルであり、神経ネットワークの構築過程を分子生物学的に記述する上で欠かせない概念である。Axon guidance は正の走行を誘導する attraction signal と、その逆である repulsion signal に分けられる。ある神経細胞が正しい投射先を見つける上で、複数の attraction/repulsion signal を受容してルートを発見していく。
細胞運動には細胞骨格である actin/microtubule が重要な役割を果たし、細胞の形態変化と移動の過程でもっとも下流 (つまり直接的に) で働いている。培養細胞をシャーレ上で見たことはないが、均一な条件で他の細胞との連絡がない状態で観察してやれば、ランダム*1に運動しているとみなしていいと思われる。このとき、シャーレ上のある一点から、actin の turn over を停止させる薬剤を濃度勾配を持って細胞に作用させてやると、濃度の低い方へ細胞が方向を転じる。もしかすると正の制御よりも、不の制御によって axon guidance はなされているのかもしれない。つまり、積極的に誘導するのではなく、こちらに来てはならない、というシグナルを送ることによって、自動的に一点へ集約していくのではないか、ということ。
実際には Eph/Ephrin や Sema3A/p75 などの作用が複数に絡み合い、それぞれの受容体を通したシグナルのクロストークによって細胞の振る舞いが規定されていることはまちがいない。
Axon guidance の repulsion の過程に Eph/Ephrin システムが使われていることはわかっていた。Eph/Ephrin 系のシグナルでは、受容体とリガンドが細胞膜上にアンカーされているため、細胞同士が接着したときのみシグナルが伝わる。しかし、 Eph/Ephrin の結合によって、接着してしまった神経細胞同士が repulsion するためにはこの細胞同士の接着をなんらかの方法で切断して、逆方向への細胞移動を誘導することが必要になる。
Ephrin family の Ephrin-A は Adam10 (Kuzbanian) と呼ばれる protease によって切断されることで repulsion を開始させることがわかっており、EphrinB は自身をアンカーしている細胞膜ごと受容体側の細胞に取り込まれることで、切断を行っていることも示されている (Trans-endocytosis) 。また、この Trans-endocytosis のトリガーとして Vav2 と呼ばれる Rho family GEF が関与していることが示されている。
Axon repulsion に関わる分子の同定、および細胞骨格を制御することで細胞運動をコントロールする分子の同定は、急ピッチで進んでおり、そう遠くない将来 (5年くらい) ですべての構成要素が網羅され、その機能解析が、特定の細胞現象のある側面への働き (必要性) という点である程度完了すると思われる。
しかし、ある現象に関わる分子がすべてわかり、その機能が個々の単位で理解されたとして、その現象を理解したと言っていいのだろうか。これも理解のひとつの到達点である、というのが U 先生の言葉であり、ある現象、つまりあるシステムの振る舞いを規定しているすべての構成因子が発見されたという段階に相当する。この先の水準の理解として、その現象を再構成できないか、ということが上げられる。Synthetic approach と呼ぶそうだが、この系の構築が今後の課題になりそう。ただ、何が問題であるかすら設定できていない現在、暗中模索にもならない。
参考文献

*1:この定義および、この概念に合致する細胞運動の把握は難しいと思われる