ヒトゲノムが一日で読める時代

DNA シークエンス解読法はサンガーが開発した di-deoxy 法が基本となっており、世界中のシークエンサーのほとんどはこの技術が根幹に組み込まれている。ゲノム解読プロジェクトの根底をなすこの技術そのものが、解読速度のボトルネックとなっており、例えば3G塩基対からなるヒトゲノムの解読に、アメリカ/ヨーロッパ/日本が資金と人を投入して数年かかったことを考えると、これがこれまでの解読速度および解読された配列の整理にかかる時間に見当がつけられる。
Nature の AOP に Pyrophosphate を利用したシークエンス法を High-throughput 化して、25Mb/4hour という桁違いの技術開発の論文が紹介されている。この方法もサンガー法と同様、 読みたい配列の template および シークエンス開始場所を決める primer と DNA polymerase を利用する。原理は新しく合成される strand に polymerase の活性によって dNTP が取り込まれるときに放出される pyrophosphate (PPi) がキーとなっている。

  1. Template DNA(Nbp) + dATP -> DNA(N+1bp) + PPi (Catalysed by DNA polymerase)
  2. PPi + dADP -> dATP (Catalysed by sulfurylase)
  3. dATP -> Light (Catalysed by luciferase)
  4. dATP -> dAMP + 2Pi (Catalysed by apyrase)

このとき放出された PPi を sulfurylase を用いて ATP にとりこませ、luciferase を活性させる。この luciferase からの発光をモニターすれば ATP の取り込みがモニターされる。ATP, CTP, TTP, GTP を順番に反応液に流し込み、 luciferase 発光がモニタされれば現在読んでいる塩基がなんであるかが特定される。
一回の反応ごとに template DNA を完全に洗浄する必要性や、template DNA がなんらかの基盤に結合していることが必要である点、また dATP, dCTP, dTTP, dGTP を順番に流し込むことなどの必要性があり、high-throughput 化するためにはいくつかのハードルが存在した。
454 Life Sciences Corp. の Rothberg を中核とする UC Berkeley, Rockefeller などのグループは、以下のような手法を開発した。Genomic DNA を物理的に切断し、PCR の起点となるアダプターオリゴを両末端に結合させる。そして、Fragment 化した Genomic DNA がひとつだけ結合するような条件下で、beads に吸着させる。さらに、各 beads と DNA の複合体がひとつだけ含まれるように、PCR reaction mixture in oil の emulsion と混合し、 bulk の状態で single template PCR が別々に進行するような反応系をつくる。この reaction mixture in oil というのは撹拌した mineral oil と界面活性剤 (Span80, Tween80) を含む oil に reaction mixture を加えれば安定した独立反応系が出来上がるということ。
次に、single template 由来の増幅された DNA のみが吸着した beads を半径 44um の well が1平方mmあたり 480 個の密度で、およそ 160 万の well がスポットされている光学繊維の基盤上にまく。さらに、反応を触媒する酵素が付着してある beads も同様に各 well に loading する。
この外がわにふたとして flow chamber を装着する。光学繊維の基盤上の well は中の beads を流すことなく、しかし、完全な溶液の置換を可能にするために最適化されており、この基盤上で pyrophosphate を利用したシークエンスが進行する。そして、 well の底側からCCD で 160 万くらいのシグナルを検出し解析を行う。
25Mb/4hour なので、3Gb のヒトゲノムを精度を上げて 10 回読むとして 30Gb 。50 日で読める。従ってこの機械を 50 台購入すればヒトゲノムが 1 日で読めることになる。 454 Life Sciences Corp.Roche Diagnostics社 を代理としてこの新しいシークエンス技術を製品化しており、Genome sequencer 20 として販売する模様。
この商品のターゲットはどこか、ということを師匠と少し話したが、研究室単位でゲノムプロジェクトを PCR 感覚で進行させる製品として販売する可能性は低いだろうという結論に。製薬会社相手だったら 1 台数億円としても、 50 台そろえて 100億円程度。現実的な感じがする。
化学変異原で突然変異を誘導してやった後の原因遺伝子探し (Positional cloning) の速度が飛躍的に向上することになるし、そのうち「ゲノムを読め」っていうような話が研究室内でひとりの構成員に言われるように、近い将来なるだろう。卒論タイトルが「アジ科100種の全ゲノム比較に基づく系統解析 - Phyologenetic analysis of 100 Carangidae speices by whole genome comparision」になったりして。
参考文献