Microscopy review

近年の顕微鏡技術の進展をフォローしてみる。新しい技術の開発によって、現象に関する理解が飛躍的に向上し、これまではみることができなかった世界に関する知見が生まれるようになる。

光学顕微鏡には観察に用いる光の性質である、光の回折よる分離限界が存在する。このおよそ 200nm の理論上の限界を超えるための技術がいくつか提案されている。

Photoactivated localization microscopy (PALM)

画像取得には、EMCCD (高感度な CCD で単一光子の検出が可能) と全反射顕微鏡の組み合わせを用い、エバネッセント光が到達可能な程度の薄い領域内での観察を行う。
活性化によって蛍光発色する蛍光分子、 Photoactivable fluorescent proteins というものがある。例えば、 Dronpa などは活性化光を照射することで、励起波長を吸収可能になる。非活性化状態では励起光を受けても、蛍光発色しない。また、 Kaede は活性化を受ける前と後では、蛍光発色の波長が異なる。
このような Photoactivable fluorescent protein を細胞に発現させ、厳密に条件検討を行い、観察範囲内で、分子同士が 200nm 以上離れるような密度でしか活性化されない条件で、活性化光による照射を行う。
観察視野内の全蛍光分子のシグナルを検出したのち、完全に視野内の分子を photobleach し、蛍光発色能を奪う。その後、再度低密度での活性化を行い、観察対象のすべての蛍光分子を活性化、シグナル取得、 photobleach が完了するまで画像取得を行う。
この様にして得られた現画像に対して、 point spread function によるガウス分布予測に基づいた、シグナルの絞り込みによって画像のシャープネスを向上する。
結果として得られる分解能は 10nm であり、透過型電子顕微鏡像に迫る解像度を持っている。
複数の異なるの photoactivable fluorescent protein を用いることにより、多重染色が可能になることから、免疫電顕の alternative としての性能を秘めている。ただ、単一画像の取得に 2-12 時間かかることから、経時的観察への適応は原理上不可能と思われる。また、三次元画像取得は今後の課題。

Stimulated emission depletion (STED) microscopy

こちらは共焦点顕微鏡の応用になる。ガリバノミラーを用いたポイントスキャニングタイプの共焦点の光学系に、 STED beam と呼ばれるもう一つのレーザーを観察用励起光とほぼ同時に照射するもの。
詳細は以前書いたが、略記しておくと、機械的にどれだけ励起レーザーの絞り込みを行っても、光の回折によって 200nm の壁を超えることはできない。そのため、励起レーザーを取り囲むような、ドーナツ状のレーザー照射を行う。このドーナツ状の光は、基底状態から励起状態へと遷移した蛍光分子を蛍光発色を経ずに、基底状態へと戻す効果がある。従って、励起される蛍光分子の絞り込みが起きるため、分解能が向上する。
原理的には通常の共焦点顕微鏡であるため、複数波長への対応も問題が無い。また、画像取得速度も従来型の共焦点と大差はない。ただ、問題は、これまで 10 ピクセルでとりこんでいたものを十倍の分解能を得ようとすると 100 ピクセル読み込みになる計算になるため、取得速度が替わらなくても読み込みにかかる時間は十倍になると考えられる。工学的な問題は解決されつつあるようだが、果たしてそのような高密度でのレーザー照射に耐えうるような蛍光分子がどの程度あるのかが問題になるかと思われる。
分解能は 45nm 程度。おそらく一番はじめに商用になる次世代顕微鏡ではないだろうか。三次元画像取得、経時的観察も問題がないと思われる。

Structured illumination microscopy (SIM)

この顕微鏡は、モアレ効果と呼ばれる現象を利用した、 wide field の従来型顕微鏡の改良である。
モアレ効果とは、二種類の縞模様が交差した際の、より肌理の粗い格子状の模様の発生のことを指す。 Structured illumination では、「構造」を持った光、つまり縞模様(三角関数的な周期を持つ)の光を観察対象へと照射する。このとき、照射される側の試料は、照射光に対してモアレ効果を引き起こす。この時、照射光の周期が短い(周波数が高い)条件で、顕微鏡では認識できないようなパターンであっても、モアレ効果により、縞模様が粗くなるため検出できるようになる。
この顕微鏡の原理の説明には、フーリエ展開を行った周波数空間での画像表現が最も理解しやすい。以下の説明は Structured illumination の論文の Fig.1 を参考にしていただかないと感覚的にフォローしづらいかと思われる*1
通常の光学顕微鏡の分離限界を周波数空間で表現することを考えてみる。このとき、分離可能な条件とは、ある特定の二点間の距離が 200nm 以上離れていることになる。これよりも近接した二点を区別することはできない。これを周波数で捉えてみる。二点間の距離が近くなることは、それぞれの点をシグナルピークと捉えれば、シグナルの周波数が高くなることを意味する。従って、高周波数になると分離不可能になる。周波数空間においては、原点を中心としたある一定の半径内しか光学顕微鏡は分離できないということになる。
Structured illumination においては、この分離可能な半径を変更することはできない *2 。ただ、モアレ効果を用いることによって、この分離限界を示す半径の外部の高周波領域のシグナルを半径の中へと移動させる。
構造を持った光によって試料を照射することによって、通常の像に加えて照射光の空間周波数成分に依存したシフトを起こした像が得られるようになる。このシフトの結果得られる情報は、通常は得ることのできない高周波成分を含んでいる。ただし、この高周波成分と原画像の分離は、単一方向へと試行している照射光だけは不可能で、なんどか角度を変えて画像取得を行って、数学的分離操作をすることになる。
Structured illumination では観察視野内の蛍光分子のごく一部を活性化させることで取得を行って、実際に 140nm の解像度を得ている。

Saturated structured illumination microscopy (SSIM)

Structured illumination では、存在する蛍光分子うちすべてが活性化されるような条件での画像取得は行わなかった。蛍光分子はその性質上、ある一定以上の強度の励起光を与えても、それ以上は存在しているすべてが活性化されてしまい、励起光に対して線形応答をすることはない。
この非線形の応答には、周波数空間で考えてみた場合、より高周波数の成分を含んでいるため、さらなる画像分解能向上が望める。蛍光分子が非線形応答を示すような強力な励起レーザーを照射した場合、原理的には無限に高周波成分が得られるため、理論上の分解能限界はなくなる。ただ、高周波成分の振幅が、ノイズを超えていないと観測ができないため、技術的な障害は存在する。
また、強力なレーザーの照射に耐えうる、蛍光分子がなかなかないため、 40nm 程度の分解能を得てはいるが、生物試料での画像はない。
そこで photo bleach しないような分子がのぞまれる。
Q-dot nanocrystal はまさに理想的で、原理的に photo bleach しないという性質を持っている上、多色のバリエーションをもっている。 SSIM と Q-dot のコンビネーションによって、面での画像取得 (高速) かつ、高解像度という未来が見えていると思う。そして、この SIM の考え方はもともと Z 軸方向の分解能を向上させるために考案されたものであり、三次元での画像取得にも障害は低い。SSIM の分解能を考えると、単一の Q-dot 分子を捉えることも夢ではない。

*1:すでに無料になっている部分なので、画像を取り込んでもいいのだが、リンクに関する規定が見当たらなかったので念のため避けておく

*2:STED はこの半径を広げる技術